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結婚記念・長寿お祝い

潮崎さん金婚式のお祝い

2月27日金婚式を迎えられる潮崎さん宅を、HP委員の佐野さんと福村幹事とで20日に記念品を持ち訪問。潮崎さんは昭和35年松下電器産業に入社され、材料開発の仕事に17年間携われた後、昭和52年九州松下に転籍し熊本TⅤ部品に配属となり、平成14年定年退職されました。TⅤ部品では技術、企画、営業、購買と幅広い分野で活躍することが出来、人生で最良の時期を過ごすことが出来たと振り返っておられました。中でも昭和62年からMPI(マレーシア工場)で工場責任者として勤務した8年間は大きな心の財産になっており今でも現地の人との交流が続いているとの事でした。
奥さんとの出会いは知人の紹介で、見合い2か月後には結婚。奥さんから、何もわからぬまま一緒になっていたと聞き驚きでした。ご主人への感想を聞くと、良い人と巡り合って幸せとの返事。間髪を入れず、苦労は掛けていないとのご主人のフォローに大笑いでした。なお、マレーシアの日本人会で知りあった奥さん方とは、年1回の旅行を重ねられており楽しさが倍加しているようです。潮崎さんは、毎日の散歩と週4回の水泳を欠かさないとのこと。お二人が益々健康で元気に過ごされることをお祈りしています。
(レポート福村さん)

潮崎さんと福村幹事

汐見さん傘寿のお祝い

2月13日、27日に傘寿を迎えられる汐見さん宅を地区委員の野尻さんと福村幹事とで訪問、記念品を持ち訪問。汐見さんは昭和36年松下電器産業に入社されTⅤ部品の開発に従事、その後昭和49年、九州松下に出向され熊本事業部で定年退職を迎える平成11年までTⅤ部品の事業拡大に大きく寄与された。会話は松下電器と九州松下での仕事の話が中心となったが、中でも九州松下への熱い思いを強く語って頂いた。その一つとして出身母体であるTⅤ事業部からの要求を断念させる等当事者でなければ解らない多くの話を聞くことができました。
奥さんとの2人暮らしで、5年前から奥さんが目の病で視力が殆んどなく、同時に体力も衰え、その面倒を見る毎日とのこと。なお退職後に趣味の表具師免許を取得、玄関・応接間は表具で彩っていた。ゴルフについては、71歳の時にエイジシュートを達成し、今も4回/月友人達と楽しんでいるとのことでした。奥さんのお世話は大変と思いますが、健康に留意され過ごされんことをお祈りします。
(レポート福村さん)

恒松さん金婚式のお祝い

10月18日に金婚式を迎えられる恒松さん宅を、福村幹事と立石HP担当で訪問。恒松さんは昭和36年入社でポンプ部に配属、その後資材部を経て56年に熊本岱明工場に異動し定年を迎えられました。ポンプ部時代に新規開発の浄水器の不具合の改善に奔走した経験を印象深く話されました。共栄会社で事務をされていた奥様とは、社長さんの紹介で交際が始まり42年ご結婚。ご次男が7年前に脳梗塞で倒れ車椅子生活になり、家族が常に付き添っているとの事でした。地域活動では、カラオケクラブの会長、老人会で月1回生鮮野菜の販売(500㎡の借畑で野菜栽培も)、ご近所の空家管理など様々な地域貢献をされています。ただし、奥様からはもっと家庭にウエイトを置いて欲しいと本音の要望も有りました。50年間には、多くの喜怒哀楽があったでしょうが、これからは病気の子供さんを中心に夫婦・家族で力を合わせて頑張ろうという姿を強く感じました。健康に十分留意されお過ごしください。
(レポート:福村さん/添削:徳丸さん/写真:立石)

平野さん金婚式のお祝い

10月8日に金婚式を迎えられる平野さん宅を、福村幹事と立石HP担当で訪問。平野さんは昭和36年入社、資材課、電気(事)、第5(事)(43年熊本展開)、MPI、大分(事)、菊水工場と多彩な仕事を経験されました。その中でも印象深いのは、MPI(マレーシア工場)の建設と生産立ち上げで、従業員の採用は言葉がわからず顔を見て決定したり、日本語を英語・マレー語に訳した作業指示が正確に伝わつているかを現場で確認して安堵する等、多くのエピソードを話されました。奥様との出会いは、42年に熊本工場転勤が決まった頃で、お兄さんの友人から紹介された奥様にひとめ惚れ、3カ月後には結婚式の運びだったとの事。奥様のお話では、21歳で何も分からないまま結婚したそうで、インタビュー中に本当に好きだったの?と問われていました。また奥様もマレーシアでの生活は良い経験となり、当時知りあった他社の奥様方とは毎年交流されているそうです。子供さんは独立し2人だけの生活ですが、夫婦で週1回の健康体操・社交ダンスに通う等、仲の良さと明るさが絶えない様子が印象的でした。
(レポート:福村さん/添削:徳丸さん/写真:立石)

仙波さん金婚式のお祝い

金婚式お祝いの記念品を廣田幹事よりお渡ししました。

10月8日に金婚式を迎えられる平野さん宅を、福村幹事と立石HP担当で訪問。平野さんは昭和36年入社、資材課、電気(事)、第5(事)(43年熊本展開)、MPI、大分(事)、菊水工場と多彩な仕事を経験されました。その中でも印象深いのは、MPI(マレーシア工場)の建設と生産立ち上げで、従業員の採用は言葉がわからず顔を見て決定したり、日本語を英語・マレー語に訳した作業指示が正確に伝わつているかを現場で確認して安堵する等、多くのエピソードを話されました。奥様との出会いは、42年に熊本工場転勤が決まった頃で、お兄さんの友人から紹介された奥様にひとめ惚れ、3カ月後には結婚式の運びだったとの事。奥様のお話では、21歳で何も分からないまま結婚したそうで、インタビュー中に本当に好きだったの?と問われていました。また奥様もマレーシアでの生活は良い経験となり、当時知りあった他社の奥様方とは毎年交流されているそうです。子供さんは独立し2人だけの生活ですが、夫婦で週1回の健康体操・社交ダンスに通う等、仲の良さと明るさが絶えない様子が印象的でした。
(レポート:福村さん/添削:徳丸さん/写真:立石)

ご夫婦と猫ちゃんで出迎えていただきました。

深江さん傘寿のお祝い

幹事の西田さん(左)よりお祝いを受領の深江さん

9月2日、深江さんの傘寿祝いに西田幹事とHP担当の立石さんとご自宅を訪問しました。P松九会からの祝品を贈ってから、現在の心境などを伺いました。31歳の時に福岡より玉名市岱明町に来てから50年になろうとしており、3年前には、金婚式でした。独学で電気主任技士免許取得やラジオ製作をされてきましたが、今はビデオ撮り、パソコンの趣味を続けるとともに、後輩や地区からの依頼に応えて教えることを楽しみにしていらっしゃいます。玉名市内の開田川の蛍のビデオ撮りは毎年されています。NHKに映像を提供することもあるとのことです。奥様は、茶道をされており、この日は抹茶を一服ご馳走になりました。毎朝散歩をされ、少し運動もして、健康には気を配っていらっしゃいます。次は卒寿祝だと、益々のご健康を祈りました。
(レポーター・徳丸浩二/カメラ担当:立石)

深江さん、徳丸さん、西田さん

汐見さん金婚式

金婚式を迎えられた汐見さんのご自宅に、西田幹事に同行訪問しました。松下電器入社後数年の25歳でご結婚、10年後の1973(S48)年に大阪から熊本に転勤され、テレビ部品工場の責任者として活躍されました。「松下幸之助創業者が大八車を夫婦で曳いているのを見た」と父親から聞いており、創業者との電話で「君ならやれる」といつも言われて元気が出たと思い出話が出ました。奥様は、「熊本(玉名)に来て自然が多くて良かった。娘達も隣りの町に嫁いでいて安心」と話されました。71歳でエイジシュートを達成されるなどスポーツに熱心で、また案内された部屋には、自作の仏画や襖絵、昭和40年代のラジオなどが置かれていました。これからも色々なことに挑戦し、楽しみたいとの意欲が伝わってきました。金婚式おめでとうございます。
(レポーター:徳丸さん)

小林さん金婚式

金婚式を迎えられた小林さんのご自宅を、西田幹事に同行し訪問しました。大阪市にお住まいの1970(昭和45)年に松下電器から熊本に出向、3年後に九松に転籍ラジオ・磁気ヘッドで主に購買業務を担当、退職前は長崎・筑後での勤務もありました。奥様に50年間で一番の思い出はと聞くと、旅行好きの二人が単車に二人乗りで、九州のあちこちを旅行したことをあげられました。鹿児島に旅行した時は加久藤峠のトンネルが長くて、抜けるまで怖くてたまらなかったが、それでも旅を楽しんだと話してくれました。今年は金婚に金環日食が重なり、また75歳となり記念すべき年になったと、小林さん熊本出向時にはまだ小学校に上がる年頃だった2人のお子様の家族が集まって、お祝いをしてくれることになっていると笑顔でした。益々のご多幸をお祈りいたします。
(レポーター:徳丸さん)

深江さん金婚式

金婚式の取材で深江さんのご自宅にRKKラジオからの訪問インタビューがあり、取材に出かけました。インタビューに深江さんは、九松熊本事業部への転勤、奥様とのロマン等、はにかみながらも思い出を語られ、定年後はお世話になった地域のために役に立ちたいと、パソコンの独学を進め岱明中学校のパソコン設備を借りて、パソコンの仕組みから各種ソフトの使い方(エクセル、ワード、HPビルダー、ビデオ加工等)10年以上の長きにわたり、ボランティアで教えています。生徒さんは地域のシニアから少し若い方迄多数です。
更にNHKへのビデオ投稿に始まり、局内でのビデオ学習の講師でもあります。最近ではふるさと取材でのビデオ取材も多く頑張っています。奥様もお茶屋、生け花等指導されています。これからもお元気でご確約ください。放送局の中継技術者とレポーターは共に若い女性で、はきはきして清々しい感じでした。
*放送局への紹介:木山さん、*レポート作成:立石